自宅にいながらディズニーパークを楽しむブログ

年2、3回インパの遠方民がいかに自宅でディズニーパークを楽しんでいるかをお話しします

「ホーンテッドマンション」の歴史について考えてみる

紳士ならびに淑女の諸君、
ホーンテッドマンションへようこそ。

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"Exploring Fantasyland" by Castles, Capes & Clones is licensed under CC BY-NC-ND 2.0

ディズニーパークの歴史好きからすると
まさに聖域というべきアトラクション
ホーンテッドマンション
数々のトリックや特殊効果により
ただ怖いお化けが脅かしてくるという
固定観念を覆した
このアトラクションですが、
そのオープンはディズニーパークの
悲願でもありました。
今回はそんなホーンテッドマンションの歴史を
ざっくりですが見ていこうと思います。

この屋敷の誕生は
カリフォルニアのディズニーランドで
初の新エリアの誕生からでした。

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どこかで見覚えありませんか?
"New Orleans Square, Disneyland, Anaheim, California" by Ken Lund is licensed under CC BY-SA 2.0

このニューオーリンズ・スクエア」
と名付けられたエリアは、
ウォルト・ディズニーの大好きな
ルイジアナ州ニューオーリンズの街並みを
再現したエリアでした。
このエリアの一部が
東京ディズニーランドアドベンチャーランドにも
再現されています。

1962年頃、
このエリアのオープンに先んじて
エリアの奥地に屋敷が建てられました。

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"Haunted Mansion'" by Castles, Capes & Clones is licensed under CC BY-ND 2.0

いよいよ今回の主役の登場…
のはずなのですが
実はこの屋敷このまま7年間放置されます。
つまり外観の屋敷を建てただけで
中身は空っぽ…
中を見れるのは7年後です。
一体なぜこのようなことになってしまったのか?
これには度重なるスケジュール上の都合がありました。

外観が建てられたのが1962年
それから2年後の1964年
ニューヨークで大規模な万国博覧会が開催されました
ディズニーはここになんと4つのアトラクションを出展します。
ざっくり言えばこの万博のために
4つの大型のアトラクションを制作したようなものでした。
この中の1つにみなさんご存知の
イッツ・ア・スモールワールド
含まれています
この万博のためのアトラクション制作が忙しくて
ホーンテッド・マンションには手がつけられていなかったのでした

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"Its a Small World, Fantasyland Disneyland, Anaheim, California" by Ken Lund is licensed under CC BY-SA 2.0

その後、
万博のアトラクションは万博終了後に
殆どがディズニーランドに移設させられることになっていたので
ディズニーランドへの移設作業が行われました。
移設作業も終わった1966年
ようやくホーンテッド・マンションの作業に移れると思いきや
更なる悲劇が起こります。

ウォルト・ディズニー
1966年12月15日に
この世を去りました。
残されたスタッフ達は
ニューオーリンズスクエアに建設予定で
内容の殆どが完成していたアトラクション
カリブの海賊
先にオープンさせました。

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"Pirates of the Caribbean, Orleans Square, Disneyland, Anaheim, California" by Ken Lund is licensed under CC BY-SA 2.0

トップを失った今、
残されたスタッフのみで
なんとか屋敷の内部を完成させなければいけなくなりました。
しかしこの7年間は無駄ではありませんでした。
元々ホーンテッド・マンションは、
屋敷を歩いて探索する
アトラクションとする予定でしたが、
このタイプでは
一度に体験できるゲストが少ない
という欠点がありました。

そこで万博のために製作した
4つのアトラクションのうちの1つ
「フォード・マジック・スカイウェイ」の
システムを改良し、
一定速度で動き続ける椅子のような乗り物
を作りました。
「ドゥームバギー」と呼ばれるこの乗り物のおかげで、
座っていながらアトラクションを歩いているような目線で
楽しむことができるようになりました。

ただしライドタイプになったことによる問題もありました。
屋敷とその奥にあるアトラクション用の建物の間には
「ディズニーランド鉄道」という列車の線路が通っていました。
どうにかして大人数に線路の下を潜らせる必要があったのです。
そこで屋敷に入ってすぐの場所に
「天井が伸びる部屋」の演出を用意しました。

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"Haunted Mansion" by HarshLight is licensed under CC BY 2.0

天井が高くなる部屋を
エレベーターとして設計することによって、
ゲストが奇妙な体験をしている間に
線路の下へと運ぶことが可能となったのでした。
(なお、東京ディズニーランドホーンテッドマンション
天井が伸びる部屋はエレベータにはなっていませんのであしからず。)

さらにこの7年という期間が役に立ちました。
アトラクションのストーリーを決める際
7年間屋敷の門の前には
「幽霊の住民募集中」という内容の
看板を掲げておいたおかげで
「999人の幽霊が住まう館で
1000人目の幽霊を向かい入れようとしている」
というあの有名なストーリーが出来上がったのでした。

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"Haunted Mansion'" by Castles, Capes & Clones is licensed under CC BY-ND 2.0

こうして1969年にオープンしたホーンテッドマンション
瞬く間に人気となり、
後に作られた東京ディズニーランドにも
オープンすることになったのでした。
ただこのホーンテッドマンション
東京ディズニーランドのものとだいぶ形が違います。
これにもまた深いわけがあるのですが
その話はまた別の機会にしようと思います…

さて最後にちょっとだけ、
今回お話ししたホーンテッドマンションの歴史ですが
かなりざっくり説明しました。
これだけの人気アトラクションなので、
実は色んなところで紹介されています。
近年ディズニー+で配信されたシリーズ
ディズニーパークの裏側 ~進化し続けるアトラクション~
のシーズン1第2話では、
ホーンテッドマンションの歴史が詳細に解説されています。
また講談社から発売されている本
ホーンテッドマンションのすべて」では
文字通りホーンテッドマンションすべての情報が
詳細に記されております。

本記事を読んでもしホーンテッドマンションに興味を持たれた方は
これらのものを見てみてはいかがでしょうか?

 

参考文献